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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6164号 判決 1968年3月28日

原告

杉本伸子

被告

東京マツダ販売株式会社

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し、金一〇〇万円と内金九三万円に対する昭和四一年七月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求はこれを棄却する。

3  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、原告勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し、金四、一七二、一八九円および内金三、九七二、一八九円に対する昭和四一年七月一〇以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、昭和三八年七月五日午前〇時三〇分頃被告会社の従業員被告高木は、軽四輪ライトバン型自動車(登録番号6足い五六八号、以下被告車という。)を運転して、東京都新宿区四谷三丁目一〇番地先都電通りを、新宿方面から四谷方面に向け進行中、右道路を横断していた原告に衝突し、負傷させた。

二、被告会社は、当時被告車を所有し自己のため運行の用に供していたものである。被告高木は、事故現場付近車道上を横断中の原告を前方約一五米の地点において認めたがかかる場合自動車運転者としては、原告の動静を十分注視し警音器を鳴らして警告すると共に、減速徐行して、原告の後方を通過すべき注意義務があるのに拘らず、これを怠り漫然時速四〇粁の速度で継続進行した過失により、本件事故を惹起したものである。なお被告は、事故現場から新宿へ一五ないし二〇米位寄つた地点で本件都電通りとT字型に交差する道路を一方通行の区分に反し、しかも無灯火で進行してきたため、原告を一五米の地点に接近するまで発見し得なかつたのである。

三、本件事故により、原告は次のような損害を蒙つた。

(一)  入院治療費のうち、昭和三八年一二月一一日から同月三〇日までの分金二九、八二四円。この中には、(イ)看護料二、八八〇円、(ロ)診断書作成料一〇〇円、(ハ)他病院における脳波検査料六九九円を含む。

(二)  退院後通院による治療費、診察費金一四、三四一円。この中には、(イ)交通費五、五四〇円、(ロ)診断書作成料一〇〇円を含む。

(三)  入院中および退院後、就業が全く不可能であつた期間中の得べかりし利益の喪失による損害金四〇万円。原告は本件事故後昭和三九年三月四日まで全く仕事が出来なかつたところ、原告は当時月平均金六万円の収入を得ていた。今これを月五万円とし、右就業不能期間八ケ月の損失合計は四〇万円となる。

(四)  労働能力減退による得べかりし利益の喪失金六四八、〇二四円。その内訳は、(イ)就業可能となった昭和三九年三月五日から本訴提起の日である昭和四一年七月四日までの分金一六八、〇〇〇円。(ロ)同月五日から向う一〇年間の分金四八〇、〇〇〇円。原告は、本件事故によりタイピストとしての労働能力が少くとも一割以上減退したが、これを一割とし、一方月収を月六万円とすれば、(イ)の期間の減収は一六八、〇〇〇円となる。原告は本訴提起当時満四六才であり、少くとも向う一〇年間は就業可能であるから、前同様の割合により計算し、年五分の割合による中間利息を差引くと、右一〇年間における損害は金四八〇、〇二四円となる。

(五)  雑費金一〇万円。右のうち内訳の明らかにできるのは四九、三七一円である。

(六)  弁護士費用金二三万円。原告は、本訴の提起遂行を原告代理人に委任し、委任時に著手金として金三万円を支払い、第一審判決言渡の日に報酬として金二〇万円を支払う旨約し、同額の債務を負担するに至つた。

(七)  慰藉料金三〇〇万円。原告は、本件事故により、半年の長きにわたり入院を余儀されたが、その間の苦痛はもとよりのこと、退院後も臀部に手が入る位の痕跡が残つたほか、坐骨々折の変形治癒のため腰痛が去らず、又正常な歩行が不可能となり、階段の昇降にも困難を感じる有様であり、不具者同様の身体になつてしまつた。更に頭を強打したため、絶えず頭痛に悩まされ、記憶力、判断力、集中力、持続力が著しく減退した。

右のごとき肉体的欠陥、後遺症的症状の残存のため、原告は長時間タイプを打つことができず、又誤字、脱字が多くなり、更に納品類等重い物の持ち運びも困難になつて、営業上大きな支障を来たすに至つた。原告は、大正九年八月生れ昭和二一年ソ連抑留中の夫を失い、翌年幼児二人を連れて引揚げ爾来一八年女手一つで働き続け、子供二人を漸く一人前にすることができた。事故当時原告は人知れぬ借財もあり、これが返済および子供の結婚資金更らには老後の生活のため、六〇才までは自力で仕事に精励する計画をたてていたが、前記のごとく体力、能力を失われ、この計画も水泡に帰し、将来の生活の不安を思う時、悶々とした毎日を送つている有様である。以上の原告の苦痛を考えた場合慰藉料の額は三〇〇万円が相当である。

四、原告は、以上(一)ないし(七)の合計金四、四二二、一八九円の損害賠償請求払を被告らに対して有するところ、被告高木より昭和三八年一二月三〇日金二五万円の支払を受けたから、これを差引いた残額金四、一七二、一八九円となる。よつて被告らは各自原告に対し、金四、一七二、一八九円および内金三、九七二、一八九円に対する本訴状送達の翌日である昭和四一年七月一〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の過失相殺の主張事実中本件事故現場から新宿寄り一五米位の地点に信号のない横断歩道が設置されていることを認め、その余を否認する。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項は認める、同第二項中被告車が被告会社の所有に属すること、被告高木が事故現場付近車道上を横断中の原告を前方一五米の地点で発見したことは認め、その余は否認する。同第三項中、(一)、(二)は争う。(三)のうち、原告が昭和三九年三月四日まで全く仕事ができなかつたことは不知、その余は否認する。(四)は否認する。(五)、(六)、(七)はすべて争う。同第四項中、被告高木が原告に対し金二五万円支払つたことは認める。

二、被告会社には本件事故につき自賠法三条による責任はない。すなわち、事故当時、被告高木は、中古車の販売を行つていた被告会社の亀戸営業所に勤務していたが、商品車両の運転が禁止されていたのにかかわらず商品車両である被告車を勤務終了後持ち出し私用のため運転中に本件事故を惹き起したものであつて、被告車の運行は被告会社のためになされたものではないのである。

三、本件事故の発生について、原告に過失がある。すなわち事故現場は、自動車の交通頻繁な見とおしの良い幅員一五米余の道路であつて、原告が横断した地点から新宿寄り一五米位のところに信号のない横断歩道があり、しかも原告の横断した地点にはガードレールが張られ横断禁止地帯であつた。原告はこのような道路の状況を知悉しなから、横断歩道をわたらず四谷四丁目方面から自動車の進行してこないのに気を許して車道を横断し初め、途中四谷四丁目方面から自動車の一団が進行してきたので都電軌道敷のところで佇立してやり過ごし、その通過するや否や後続車の有無を確認せず、突如そこから四谷三丁目方面に向つて斜めに馳け出して横断しようとして本件事故となつたものである。被告高木は、時速四〇粁位で事故現場にさしかかつたところ、四、五台の先行車が原告の佇立していた地点を通過したのち、一五米位手前で原告を発見したが、そのまま通過できると判断し進行した。ところ突然原告が被告車の進路に向つて斜めにかけ足で横断したのでその一〇米位手前で急ブレーキをかけながら左へハンドルを切つたが間に合わず、原告に衝突してしまつたのである。以上のとおり、かりに被告高木に運行上の過失があつたとしても、原告にも過失があるから損害賠償額を算定するにつき斟酌されるべきである。

四、原告は、本件事故当時月額六万円の収入があつたと主張している。けれども、本件事故直後被告高木に示した月収は四八、五三〇円であつたし、又右収入は、原告が従業員三名を使用して得た金額であるから、これらの諸経費を控除すべきであり、従つて原告の月収は原告に代るべきタイピストを雇用したことによる損害額である。

五、原告は、四六才から今後一〇年間タイピストとして就業可能であると主張している。けれどもタイピストという職業は非常な熟練と精神力、体力を必要とするから、五〇才を過ぎてなお就業能力が衰えないと考えることは一般経験則からも到底認められないところである。

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項および同第二項中被告車が被告会社の所有に属することは、当事者間に争いがない。そこで被告会社の運行供用者責任の存否について判断する。〔証拠略〕によると、本件事故当時被告高木は、被告会社亀戸営業所販売課に勤務していた者であるが、同営業所では下取り中古車(以下商品車という。)を保管して、これが売却、廃車などの処分を行つていたところ、右商品車を私用に供することは禁止され、これを社用に使用する場合にも予め所定の許可手続を受ける取扱になつていたけれども、許可なく商品を持出すことは可能な管理状況にあつたこと、被告高木は正規の許可手続を受けることなく、商品車である本件被告車を勤務時間外に右営業所から持ち出し、私用のため運行の用に供していたとき本件事故を惹き起したことが認められる。

右認定事実によると、本件事故時における被告車の運行は、具体的には被告会社のためのものとはいえないが、右被告会社と被告高木との間の雇用関係、日常の運転および管理状況から考察すると、被告会社において、被告車の本件運行に対し、一般的ないし抽象的に支配を有しかつ利益の帰属する関係にあつたものと解すべく、被告会社は自賠法三条にいう自己のため自動車を運行の用に供する者として、本件事故に基づき原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

二、次に被告高木の運転上の過失について判断する。

被告高木が事故現場付近車道上を横断中の原告を前方約一五米の地点で発見したことおよび事故現場から新宿寄り一五米位の地点に信号のない横断歩道が設置されていることは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、被告高木は、飲酒と呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを保有する状態で被告車を運転し時速約四〇粁で本件事故現場に差しかかつたところ、約一五米前方を右から左に横断中の原告を発見したが、同人が都電軌道敷の左側付近に立止まつたので大丈夫と思い進行を続けた直後、約九米前方で同人が急に左側に向つて馳け出したのをみて、急いで左にハンドルを切り急ブレーキをかけたが間に合わず、被告車右前部を同人に衝突させるに至つたこと当時は夜間で現場付近の路上は暗く、前照灯を下向にしていたため、透視距離は約一五米であつたこと、本件事故現場付近の道路は歩車道の区別があり車道はアスフアルト舗装され幅員約一五米で中央口は都電軌道が走つており、歩道と車道の間にはガードレールがあつて歩行者の横断は禁止されていること、原告は被告車進行方向右側の歩道から被告車の対向車線上に車のないのを確めて中央軌道敷まで横断して立止まり、被告車に先行する五台位の車が通過したのち急いで向い側歩道に向つて横断し始めたところ、左から被告車のライトがみえたとたん衝突したことなどの事実が認められ、以上の認定に反する原告および被告高木の各供述部分は前掲各証拠と対比して採用できない。

以上の各事実によると、被告高木としては、酒に酔つて被告車を運転することが注意力を低下させ事故回避能力を減退させる可能性が大であるからこれを避けるべきであり、かつ当時は夜間であつて透視距離が僅か一五米位であつたからもつと減速して進行すべきであり、更に原告発見後はその動静に注意し警告、減速徐行などの措置をとるべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があつたことは否定できない。けれども、反面原告においても近くに横断歩道があるのにこれを利用せずに横断禁止場所を横断し、かつ被告車の接近に気づかずその直前を横断した過失が認められるからこれを賠償額の算定につき斟酌すべきである。

なお原告は被告車が近くの路地から無灯火で急にとび出してきたと主張し、原告本人の供述中に右主張にそう部分もあるが証人山本清の証言および被告高木の供述と対比して直ちに採用できない。

三、そこで原告に生じた損害額を判断する。

(一)  治療費等

〔証拠略〕によると、原告は、本件事故による負傷治療のための治療費、入院費、検査料、診断料などとして金三六、三三一円以上の支出をしていることが認められる(但し同号証の二三ないし二七の領収証の金額は不明のためこれを算入しなかつた。)。

原告主張のその余の費用を支出したとする立証はない。

(二)  休業損害

〔証拠略〕によると原告は本件事故による負傷のため、昭和三八年七月五日から同年一二月三〇日まで入院して休業し退院後も三ケ月位は仕事に就けなかつたこと、原告は事故当時タイプ印刷業を営み一ケ月間の純利益が多いときで一〇万円位少ないときで四、五万円位いあつたことが認められる。

以上の事実によると、原告主張のごとく、原告は本件事故後昭和三九年三月四日までの八ケ月間休業し毎月少くとも金五万円の得べかりし利益合計金四〇万円を喪失したことを推認するに充分である。

(三)  労働能力減少による逸失利益

〔証拠略〕によると、原告は、本件事故により、右脛腓骨亀裂骨折、腰臀部打撲、仙骨尾骨々折、脳震盪症、頭頂部皮下血腫等の傷害を負つたため、治癒したのちも、坐骨々折の変型治癒および臀部筋の一部断裂により軽度の歩行障害が残り、長い間坐ることができず、足に力を入れると腰に響いて痛み、左足の縦半分がしびれており、頭を打つたため物忘れや計算を間違えることが多く、タイプを打つても誤字、脱字が多く、又タイプの活字の入れ替えなどの重労働をすると体にこたえ翌日まで影響することがあり、現在では事故前の三割位の仕事しかできなくなつたことが認められる。右の事実に前示原告の事故前の収入状況を総合して考えると、原告主張のごとく、原告は、事故後就労可能となつた昭和三九年三月五日以降就労可能期間中、少くとも月額六千円以上に相当する労働能力を喪失し、同額の得べかりし利益を喪失したものと推認することができる。そして原告が大正九年八月二一日生れであることは、前顕甲第二ないし五号証によつて認められるから本訴提起時である昭和四一年七月四日当時四六才であることが明らかであり、同日以降少くとも一〇年間は稼働可能であると推測して差支えない。

以上によると、原告は、(1)前記昭和三九年三月五日以降昭和四一年七月四日までの間の逸失利益が一六八、〇〇〇円となり、(2)同月五日以降一〇年間の逸失利益が、年五分の中間利息を差引くと、原告主張の四八〇、〇二四円より少くないことは、計数上明白である。

(四)  雑費

原告は金一〇万円以上の雑費を支出したと主張するが、これを認めるに足りる立証はない。

(五)  原告は以上(一)ないし(三)(1)(2)の合計金一〇八四、三五五円の損害を蒙つたことは明らかであるところ、前示原告の過失を斟酌し、右額の約五割に相当する金五五万円を被告らに賠償させるのが相当である。

(六)  慰藉料

前示認定の原告の傷害の部位および程度、治療経過、後遺障害および傷痕の状態並びに本件事故の状況特に被害者の過失その他諸般の事情を総合して勘案すると、原告の受けた苦痛に対する慰藉料の額は金六〇万円が相当である。

(七)  弁護士費用

原告本人の供述によると、原告は、原告代理人に対し本訴の提起遂行を委任し、委任と同時に金三万円の着手金を支払い、成功報酬を第一審判決言渡時に支払うことを約していることが認められる。

これらの費用も必要かつ妥当な範囲内では本件事故と相当因果関係のある損害というべく、右認容額および被告の抗争の理由、状況などに照し、右着手金三万円と成功報酬のうち金七万円が被告の賠償すべき損害であると認めるが相当である。

四、以上によると、被告らは原告に対し、合計金一二五万円を賠償すべきところ被告高木が原告に対し金二五万円を弁済したことは原告の自認するところであるから、これを充当すると、残額は金一〇〇万円となる。

よつて、被告らは各自原告に対し金一〇〇万円とこれから前記弁護士報酬金七万円を除いた内金九三万円に対する本件損害発生後である昭和四一年七月一〇日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右の限度において相当であるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安田実)

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